071202 講演会

戦争・人間・そして憲法9条
  〜これからの日本はどうあるべきか〜

品川 正治(経済同友会終身幹事 (財)国際開発センター会長)
2007年
12月02日(日) 開場13:30 開演14:00 終了16:30
市原市民会館 小ホール
資料代 500円



           

講師 プロフィール  しながわ まさじ サン

 ・1923(大正13)年生まれの83歳。
 ・東京大学法学部卒業、丸山真男に師事
 ・日本興亜損保(旧日本火災)社長・会長を経て、現在 相談役。
 ・経済同友会副代表幹事、専務理事を経て、現在 終身幹事。
 ・現職 財団法人 国際開発センター会長。


<司会あいさつ・岡村由美子>

平和ケンポーの歌

はるもっこ・ミニコンサート
      市原市立の中学校同期生の女声デュオ。
      市原市主催「スーパーバンドライブ2005」においてグランプリを受賞。
      現在 街頭やライブハウスを中心に演奏活動を展開。市内の各種イベントにも出演。

呼びかけ人 紹介

呼びかけ人代表 あいさつ・松下佳紀


     品川正治さんのお話
(1)戦争体験を語ることはむずかしい
 旧制高校二年で召集された。学校は、死ぬ前に勉強しておきたいという熱気にあふれていた。私もカント『実践理性批判』を原語で読んでから死にたいと努力した。
 私は中国戦線の戦闘部隊で白兵戦を体験した。中国派遣軍の90%は治安維持部隊であり、大した戦闘は体験していない。ニューギニア、レイテ、インパールなどでは壮絶な飢えとの戦いがあった。それでも前線の兵士と司令部勤務とでは状況がまったく異なる。戦争は[辛酸を舐めた]兵士の立場で語るべきだ。
 それでも難しいことがある。「どうしてあなたは助かったの」と聞かれたとたん、「なぜあのとき、戦友を助けられなかったのか」というトラウマがよみがえるのだ。

(2)戦争は人間が起こすもの
 戦争は天災ではない。「戦争を起こすのも人間、戦争を許さず、止める努力ができるのも人間、あなたは、どちらなのか」。これが私自身の座標軸になっている。「わたしは戦争を起こす側か? 止める側か?」をみなさんに考えて欲しくて、訴えている。

(3)憲法九条との出会い
 敗戦から1年、山陰の引揚港で上陸を待つ間に新聞が配られた。今の前文も九条もそのまま書かれていた。自分たちは戦争をしない、それで生きていくしかないと思っていた。それを憲法にまで書いてくれたか、これなら死んだ戦友の霊も弔える、われらも確固たる生き方をして見せられる。戦争放棄、<国の交戦権を認めない>まで書いてくれたと、まさに復員船の中、全員がそれを読んで泣いたのだ。これが私の憲法への思いの原点だ。

(4)九条の旗ざおをはなすな
 日本の支配政党は国民の反対で九条を改正できないものだから、解釈改憲で自衛隊をつくり、イラクまで派兵し、有事立法までしてきた。九条の旗はもうボロボロだ。しかし旗ざおを国民が握ってはなさない。これを5年以内にもぎ取ってみせようとしたのが安倍内閣だった。
 軍産複合体が国家を支えている国は、軍隊放棄を謳えない。日本が九条の旗ざおをはなせば、この戦争放棄の理念は、地球上から消えてしまう。国際平和のために九条の旗ざおは絶対に放さないという気持ちを、皆さんに持っていただきたい。

(5)わたしの戦争観−−孫娘に理解させるために
 @ 戦争は、「勝つために」がすべての価値に優先してしまう。最も大切な命や人間としての価値観、自由や人権も「勝つために」でないがしろにされ、価値が反転してしまう。命をも犠牲にして勝つとなってしまう。
 A 戦争は、すべてを「動員」する。学問、精神も動員する、それに耐えられるか? 日本史は皇国史観に塗り替えられ、ゲーテ、カントという見事な哲学を生んだドイツ人が、戦争中にはホロコーストを起こした。精神動員の恐ろしさは極まりない。
 B 戦争は、戦争指導者がすべての「国家権力を握る」。国のあり方は、司法、行政、立法の三権分立が基本だが、戦争を指導する立場の人が権力の中枢に入り込んでくる[ので、文民統制はおぼつかない]。

(6)日本の方向を決めるのは国民だ
 日本とアメリカの価値観、資本主義観が違うということを、政治家や経済人はアメリカに対して言えない。それを言えるのは国民だけだ。新自由主義経済で格差社会がつくられるのはイヤだと、7月の参議院選挙で国民は意思表示をした。だから新自由主義改革が「減速」している。いまこそ国民の出番だ。国民主権を発動しよう。改憲にノーと言い、そうして政治のあり方、経済のあり方を、アメリカとの付き合い方を変えよう!


● 質疑応答
閉会のあいさつ

レポート
(1) 語りかけるそのやり方の工夫
 
戦争を体験していない者に戦争に実相を伝えようとして、みなが苦労している。それでも、小学生のころから被害者体験を聞かされ続けているので、マンネリ化してしまったとか、「押しつけがましいんだよ。九条なんて、くそくらえだ」なんて反応が返ってきたりする。
 品川さんがお孫さんに語り聞かせるために考え出した「(5)戦争観」は傾聴に値する。
 前日にパトリオットミサイル配備反対のデモ行進に参加した方は、「昨日は違和感を感じながら歩いたけど、きょうは話がストンと胸に落ちたのよね。平易な言葉、日常の言葉で、たんたんと語ることが大切なのよ」。

(2)予想を上回る参加者
 過去二年と比べると、参加者は増加した。とは言っても、会場の半分が埋まっただけなのだが…。どうしても超えられない300の壁がある。

(3)講師の人柄
 控え室で進行の段取りを説明する際、当方で食い違いがあったのだが、その調整がすむまで不快感をあらわにすることもなく、待ってくださった。
 ミニコンサートでは、若い人の歌を聴きたいと階段を苦にせず、客席に足を運ばれた。
 サイン会では、ていねいに筆ペンを走らせた。
 懇親会は事務局以外の参加者もあり、盛会だった。品川さんには最後まで付き合っていただき、サーロイン・ステーキをたいらげられた。
 追っかけというか品川サポーターが、花束持参で他県からみえられた。

(4)反省だらけの運営面
@ 司会者の立ち位置をステージの右端にしたのだが、花題・演題に遮られて左側客席からはみえない位置になっていた。チェックができていなかった。

A 呼びかけ人の案内係をやるつもりだったのだが、アナウンスをした後、放送機器の操作にかかりきりになり、誘導と段取り説明ができなかった。役割分担がいい加減であった。
 呼びかけ人にも事情があるのはわかるが、温度差が顕著になっている。

B 客席の照明
 暗くて配付資料が読めないとの苦情が、開始直後に客席からあった。最大限でも薄暗いのだ。施設が古いのだ。この御仁、「だから○○○はダメなんだ」と品のない言葉を吐いた。われわれは○○○ではないのだよ。

(5)愛する人のため
 女声デュオは、講演開始後もしばらくは楽屋でしゃべっていたが、いつのまにか客席に移り、終演までいた。
 自身のウェッブサイトには「難しいことを考えなくても、愛する人を守るためにはどうするかを考えれば、答えは簡単だと思うけど」という感想が記されていた。品川さんの言葉は通じなかったのだろう。この種の常套説を改めさせるのは容易ではなさそうだ。(相当に記憶が薄れた 08.05.31 記)